カテゴリー 22020年採択

国立大学法人 滋賀大学

対象者数 300名 | 助成額 300万円

https://www.shiga-u.ac.jp/

Program英国で開発された子ども向けマインドフルネス・プログラム
“.b:ドット ビー”の日本への導入

 子どもを対象としたマインドフルネス・プログラム「.b」が英国で開発され、うつ症状や健康感の改善などの効果が示されている。.bとは“Stop, Breathe and Be”という練習の呼称であり、今この瞬間の身体感覚にあるがままに注意を向けることを目指す。さまざまな具体的プラクティスによって構成された10回のプログラムにより、困難な感情に惑わされない力を涵養(かんよう)すること、試験や試合、発表などで集中して力を発揮することなどといった効果が期待されている。本プロジェクトでは、英国から講師を招聘して教育関係者に指導者養成を行う。.bは指導者養成についても構造化されており、 指導者自身がマインドフルネスを体得し、子どもたちを導くことができる一連の流れが準備されている。マインドフルネスは教育関係者のメンタルヘルスにも有効であることが示されており、本プログラムは学校全体のウェルビーイングの向上に貢献する可能性を含んでいる。

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日本の子どもたちのWell-beingを育む取り組み

 厚生労働省の「令和元年版自殺対策白書」によると、G7の中で15~34歳の死因順位の1位が自殺となっているのは日本だけだという。臨床心理士として、不登校やいじめ、リストカットなどの問題を抱えた子どもたちと向き合ってきた滋賀大学教育学部 芦谷 道子教授は、「人生の中で最も生命力にあふれる時期の死因の1位が自殺であるというのは、本当に悲しいことです。日本の子どもたちは自己肯定感が低いともいわれています。悩みが顕在化している中高生に対しては何らかの支援ができますが、顕在化していなくても人知れず悩みを抱えている子も多いのです」と話す。

   Well-being(幸福で肉体的、精神的、社会的全てにおいて満たされた状態)の持続とその土台があって初めて人は生き生きと成長しようとする力、学ぼうとする力を発揮できる。問題が起こってから個別に対応していくだけでなく、全ての子どもたちの心の根っこの底上げをするユニバーサルな予防開発的心理教育の必要性を感じた芦谷さんが出合ったのが、英国で開発された、子どもを対象としたマインドフルネス※・プログラム「.b(ドットビー)」だった。

 .bとは、“Stop, Breathe and Be”というプラクティスの呼称であり、1回40~60分・全10回のレッスンから成る。身体の感覚に注意を向けるさまざまなプラクティスを通して、自動操縦思考(自分の行動を認識せずに行う心理状態)、反すう思考(何度もネガティブな出来事を思い出すこと)、破局化思考(何でもない出来事を、否定的な出来事や大失敗と考える)といった心の動きやストレスによって起こる身体の変化について理解し、高い集中力と、困難な状況に適切に向き合う力を身に付けることを目的としている。

  芦谷さんは、「子どもたちの心を対象にしたプログラムには、明るさや楽しさといったポジティブ面を重視したり、社会適応を目指すものが多いのです。一方、.bは自分の弱い・ダメな面も含めてあるがままの自分を優しく受け入れるもので、まさに私が探していたプログラムでした」と話す。.bのプログラムは、これまでに13カ国に翻訳され、世界で約65万人の子どもたちが受講。英国ではカリキュラムとして取り入れているところもあり、抑うつの低下やWell-beingの向上など、子どもたちの心身の健康に寄与する多数のエビデンスが報告されている。

  .bプログラムを開発したMiSP(Mind Fullness in Schools Project)は指導者養成システムを構築しており、国内外の教育関係者が学びに来ている。日本では滋賀大学の芦谷さん、関西医科大学、MBSR研究会などが連携して.bを広める受け皿となり、MiSPと連携協定を結んで2019年から教材の和訳に取り組み始めた。2021年にはオンラインでMiSPとつないで(新型コロナの影響で来日の指導は取りやめ)指導者養成ワークショップ「Teach.b」を行い、指導者育成に乗り出した。全国から多くの応募があり、学校教員や教育関係者、心理士、ヨガインストラクター、医師など38人がTeach.bを受講した。レッスン内容は、まずは芦谷さんたち講師が受講生を生徒役として実際のレッスン1~10を実施し、その後ディスカッション、グループワーク、ディスカッションを繰り返していく。「グループワークで、マインドフルネスを音楽、絵、歌などのパフォーマンスで表現してもらったのですが、オンラインでつないだ英国の先生たちも感嘆していらしたほど、創造性にあふれた素晴らしい内容のものでした。日本においても英国と遜色ない指導者養成が可能であると感じました」(芦谷さん)。この4日間のレッスンを通して、MiSPから.bティーチャーの資格が授与されると、MiSPの教材を使って.bの実践ができるようになる。

※マインドフルネスは、1979年にマサチューセッツ大学医学部のジョン・カバットジンがストレス低減プログラムとして創始したもので、「意図的に、今この瞬間に、評価にとらわれず注意を向けること」と定義されている。東洋思想をベースとして宗教的側面を除き、ストレス低減効果、うつ病再発予防効果などのエビデンスが検証され、企業やスポーツ、教育でも取り入れられている。

MiSPの教材を和訳したもの。.bの10回のレッスンは子どもたちの興味や関心を引くように工夫されたビデオ教材やテキストが充実している。

Teach.bの様子。受講条件は、事前にマインドフルネスストレス低減法(MBSR)またはマインドフルネス認知行動療法(MBCT)の講座を8週間にわたって受け、半年間自分でマインドフルネスの実践を行うこと。「マインドフルネスを指導するに当たっては、指導者がマインドフルネスの素養を身に付けていることが重要」と芦谷さんは話す。

自分が必要と思ったときに取り入れる生徒たちも

  子どもたちを対象とした実践も幾つかの学校で始まっている。2020年には芦谷さんと元ゼミ生の中川 栄太さんが、滋賀県の高校野球部員22人を対象に実施。生徒たちからは「自分に落ち着きが出てきて幅が広がった」「マインドフルネスと出合って、自分の心の落ち着かせ方やストレスをあまり感じない方法を知ることができた」という感想があり、その後も試合や練習前に自主的に生徒たちが取り入れるなどの定着化も見られ、監督からも試合中にピンチのときにも動じなくなったという評価があったという。

  2022年には、Teach.bを受けたスクールカウンセラーの清水 雅子さんが、前橋商業高校のサッカー部員33人に実施。アンケートでは、「授業中にやってみたりしてて、集中できてるからめっちゃいい! 少しずつ自分が思うときに集中できるようになってきた」「失敗をしても前向きに捉え、次にチャレンジできるようになった」「ベディテーション(横になるプラクティス)を毎日していたら、とてもリラックスして寝ることができるようになった」などの感想が寄せられた。新型コロナの影響で、全10回をオンライン・オフライン混在で実施したため、生徒の戸惑いも感じられたとしながらも、「今後の人生の中で、必要性を感じたときにマインドフルネスをやってみようと思える。今回、そうした機会を提供できたのではと思っています」と手応えを話す。

   広がりを見せる一方で、学習指導要領の縛りが強く、新規プログラムの導入に慎重な学校現場への導入には課題も感じているという。まだ教育関係者の認知度・理解度も低いが、エビデンスを基に周知していくことも、自分たちの使命だと芦谷さんは話す。「日本は学力を重視する傾向が強いのですが、マインドフルネスは学力にも影響すると報告されています。不安や心配が大きかったり、不眠の状況では当然落ち着いて学びに向かうことはできません。安全で安心で、居心地がよく、満たされた状態であれば、結果的に学力やパフォーマンスも伸びていくと考えられます。エビデンスをしっかり取り、日本の学校現場に取り入れやすい形を模索していきたいと思います」。

  子どもたちが悩みや課題にぶつかったときに、自分自身を落ち着かせ、集中力・注意力を高めることができる。その方法を伝えることで、その先の成長につながる土台を整え、しなやかに生き抜く強さを身に付けていく。コロナ禍での子どものストレスがフォーカスされている中、こうしたプログラムが今最も必要とされている。

 

滋賀の高校で実施した際には、.b実施後にストレス反応を和らげる抗ストレスホルモンが上昇していることが分かった。

今でも試合や練習前に自主的に取り入れているという

前橋商業高校での.bの様子。新型コロナの影響で10回中5回はオンラインであった。オンラインでは集団のつながりを育む難しさを感じつつも、個人で集中してプラクティスに取り組みやすく、発言もしやすい様子で、対面では直接会うことでつながりを感じやすい反面、周りを見ながらの反応になってしまうといった生徒たちの戸惑いも見られたと清水さんは話す。「やってみて、思っていた以上に素直に受け入れて、取り組んでくれたことがうれしい。取り組みに応じて変化していく生徒の感想に.bの可能性を感じました」(清水さん)。

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